兵庫県加古郡稲美町出身。鳥取県境港市在住。
2011年からうたうたいとなる。ギターの弾き語りをしたり、シンガーソングライター持田陽平(hiuta)とのユニット「マイトリー」のボーカルとして活動。「アートスタート活動」(0歳から就学前の子どもたちが大好きな人とともにプロの舞台を楽しむ"アートとの出会いの場"をつくる活動)や、「こっちの大山研究所」の研究員としてアートを通じた地域づくりにも積極的に関わっている。呼吸と発声のワークショップや、歌作りワークショップも行う。ご縁を紡ぎ、学校、保育園、幼稚園、カフェ、ギャラリー、サロン、個人のご自宅、福祉施設、イベント、牧場、お寺等様々な場所でライブを行ってきた。声や歌の可能性を常に探りながら旅歩く中、思いがけない作曲依頼が舞い込むことも多々あり、気がつくと出会いの中から生まれた歌が自らの人生を語ってくれることに気づく。日常になじむ素直なうたを歌い、世界中の沢山の笑顔に出会いたい。2019年11月第一子、2023年9月に第二子を出産。子育てと音楽活動の良い関係を模索している。
これまでのあゆみ
1984年8月3日生まれ
兵庫県加古郡稲美町で18才まで過ごす。父親からの呼び名であったニックネームが学校でも浸透し、中学校時代から友人からもりさやと呼ばれるようになる。中学時代、高校時代はソフトボール部で汗を流す。左打ち左投。イチローに憧れる。ピアノの先生、パン屋さん、イラストレーター、輸入雑貨屋さんなどなりたいものは転々とし、高校時代の進路選択では大学に進学して学びたいことがないなあという理由で漠然と就職を希望。輸入について学べる職場、あわよくば英語が上達するのでは?という下心、麻薬探知犬のハンドラーってかっこい!!というミーハーな心が折り重なり、税関職員を目指すことになる。
2003年 幸運にも神戸税関に就職。
2004年 麻薬探知犬のハンドラーになる。
2007年 職場の上司に誘われ歌い始める。
2008年 鳥取県境港市に異動。ギターを始める。
2009年 よしととひうたの紙芝居を見て、衝撃を受ける。純粋に楽しんでもらえる仕事っていいなと思う。
2011年 神戸税関を辞職。うたうたいに転身。
ギターの弾き語り、音楽ユニット「マイトリー」のボーカルとしての活動を開始。
2012年 鳥取県の事業【暮らしとアートとコノサキ計画】を通じてアートスタート活動(0才から就学前のこども達が大好きな人とともにプロの舞台を楽しむ“アートとの出会いの場”をつくる活動)に関わるようになる。
2013年 一緒に声を出したい!歌いたい!歌をつくりたい!という要望に応え、「息と声のワークショップ」や「歌作り教室」を始める。
2015年 鳥取県の事業【暮らしとアートとコノサキ計画】大山アニメーションプロジェクト音楽監督をつとめる。主題歌「今を信じて」発表。
2016年 沖縄県伊平屋村の【ふるさとの音景プロジェクト】に関わる。「ふるさとの宝箱」発表。
2017年 鳥取県南部町移住定住促進テーマソングの創作依頼を受け、「自由気ままに」発表。憧れのハワイでライブをする。
2018年 マイトリーで島根県雲南市「思い出を歌にしようプロジェクト」で加茂こども園のみんなと歌を作る。「えがおでまた明日」を発表。マイトリーで兵庫県神戸市学びが丘保育園歌創作依頼をいただき、「みちになる」を発表。ソロで北海道ニキヒルズビレッジのテーマソングの創作依頼を受け、「夢の丘」発表。ソロでイトナミダイセン藝術祭テーマソング「らせん」発表。ソロで大山開山1300年を記念して楽曲創作依頼を受け「大山烏天狗」を発表。ハワイで2度目のライブをする。
2019年 4月結婚。奥田さやかになる。おくさや と呼ばれるようになるのか?
2019年11月第一子出産。一児の母となる。
2021年 松江市のシティプロモーション動画の楽曲制作をマイトリーで担当。「ひかり降る街」
2023年9月第二子出産。二児の母となる。
2024年 海で行う自分の声を使ったセルフケア『スマスボイス』がはじまる。